原町森林鉄道新田川支線 -3-
2008/11/29実施
未だ走破できずにいる原町森林鉄道新田川支線の探索は今回で三回目となる。
前回の探索は下流側の石神発電所から新田隧道まで、チャリを利用して一応の成功をみた訳だが、
一回目の上流側からの挑戦は、当初から無理があり、結局、大崩落地点で撤収となったままである。
再びチャリで挑戦しようなどとは、いかにボンクラな私でも考えないのだが、その時車で通った県道62号線から
新田川へ抜ける、助常林道の連続するカーブがおもしろく、チャリで走りたいという、また余計な事を考えてしまったのである。
市内にある私の実家からチャリで行くとなれば、高倉ダムへの上りだけで、体力が萎えてしまうのは分かりきった事である
から、三回目の今回は、高倉ダムの脇をデポ地とし、そこをチャリのスタート地点とする事とした。
-1- 助常林道を行く
休日には珍しく早朝に家を出た私は、高倉ダムサイトのデポ予定地に到着した。
時刻は7時11分、予報通り天気は晴れ。しかし、12月間近の山はやはり寒い。
写真はデポ地の我が愛車達である。陽はまだ低い位置にいる。
2008年11月29日07時44分
県道62号線原町二本松線を登坂中。
ダムサイトを出ると、道はご覧の通り車の行き違いもままならぬ狭いものとなる。
カーブする場所が多少広めになっており、運悪く車が対面した時は、どちらかの車がカーブまで引き返すようになるのだろうか?
前に車で来た時は1台の車にも出合わなかったが、それは運が良かったということなのか。
いや、ただ単に交通量が少ないという事だけなのだろう。
2008年11月29日08時01分
県道脇に少し開けた一角があり、チャリを停めて小休止する。ここには一軒の小屋がある。道路より少し低いその場所は林業関係者
の詰め所のようで、誰もいないことをいいことに、ちょっと覗かせてもらった。
ガラスの窓越しに薪ストーブが見え、冬場はここで
暖をとりながら昼食をとるのだろうか、などと、妄想してみる。
写真はその場所より、来た道を振り返り撮ったもので、朝陽がまぶしい。
2008年11月29日08時05分
助常林道入り口に到着。走行距離4.75km。しかし走行というより、半分以上はチャリを押してきた距離である。
私の場合、チャリは下りの為にある物なのである。
ブレブレの写真で申し訳ないが、カメラにとってはまだ暗い時間帯
なのだろう。もちろん、私の腕の悪さが一番の原因ではあるが。
写真右に変形鳥居が見える。
2008年11月29日08時17分
助常林道のピーク(標高340m)に立つ。林道入り口から、標高差45mを600mかけて登ってきたのである。
新田川渓谷までの残り2.0kmは全て下りとなり、ここからが愛車ロッキー号の本当の出番となるのである。
今までの苦労が報われる、至福の時の始まりである。
2008年11月29日08時19分
下り始めるとすぐに、視界が開け、大規模な伐採場にでる。伐採後の植林は済んでいるようだが、幼木が地面を隠す程にまで
成長しておらず、荒涼とした風景が広がっている。
風景はどうあれ、ここの九十九折の道は楽しく、写真右側の道は、この先のヘアピンカーブに続いているのだからたまらない。
私がどうしてもチャリで走りたかった場所なのである。
現在地
-2- 大崩落地を行く
楽しいチャリの下りも終わり、いよいよ、新田川支線の第三回探索の始まりである。
近寄るにはちょっと勇気のいる、廃車の傍にロッキー号を置き、徒歩での挑戦を開始する。
時刻は8時25分。前日の雨で、道の上の枯葉もしっとりと光っている。
2008年11月29日08時36分
今日最初の橋の上から傍らの滝を写す。
写真では分からないが、この橋は高い場所に架かっており、滝は以外に大きいのである。
次の写真でその姿を見る事が出来る。
2008年11月29日08時38分
滝と中州にある御堂をうつした写真である。
その位置関係から、滝と御堂はなんらかの由縁があるのではないかと想像するが、ボンクラの私は想像するだけである。
写真の上にマウスを置いてみて下さい。
2008年11月29日08時39分
今回の探索はチャリを置いてきているので、非常に身軽に感じられる(当たり前だけど)。
枯葉に埋め尽くされた道も、前日の雨の影響も感じられず、カサカサと乾いた音を立てている。
2008年11月29日08時41分
深ーく、深ーく積もった枯葉、そして枯葉。
これ以上は積めません、っていう具合まで見事に積もっている。
2008年11月29日08時42分
前回はゴム長を履いての挑戦だったが、今日は二十数年ぶりに引っ張り出してきた、キャラバンシューズなる物を履いている、
が、ご覧の通り、見えません。
2008年11月29日08時46分
広場に到着。ここは林鉄時代に交換設備があったと思われる場所で、単線だったレールもここに来て、ポイントなどがあり、
機関車の入れ替えなども行っていたのかも知れない(妄想だけど)。
2008年11月29日08時46分
城壁のような石垣の上には水路のような物が見える。しかし、何に使った物なのだろう?
写真の上にマウスを乗せると拡大します。
2008年11月29日08時49分
写真は傍らを流れる新田川である。まだ、軌道跡との高低差はそれ程でもない。
2008年11月29日08時50分
暗渠流出箇所。遠目で見る程に、その段差は低くなく、前回、チャリを抱えて越え時には難儀した場所である。
2008年11月29日08時51分
渡河後、振り返って撮影。
ご覧の通りの凄まじい流出であり、軌道があった当時を想像する事さえ困難な状態である。
2008年11月29日08時55分
スタートから30分。大崩落地に到着。
前回、チャリ同伴の私に撤収という選択しか与えなかった、因縁の場所である。
己の無知、無力を知らされ、敗北感に打ちひしがれながら帰ったのはたかだか1週間前の事である。
しかし、この場所こそが、私に再訪を決意させた場所なのである。
心して渡ろう。今日、チャリはない。